最近どんな物を見ても、季節感が無くなってきた。
 食べ物を見ても市場原理に基づく栽培、出荷ということから季節を早取りした野菜、果物、魚他一年中同じ物が食品売場に並んでいる。
 リズムが単調になり、食べ物そのものに、自然から得られるべき生命力が宿っていない。
 ましてや遺伝子操作を施された、仮の姿をした食品には、自然のエネルギーは皆無で有り、秩序を乱す以外の何者でもない。

 自然は、日本にも四季という季節を与えてくれている。春、夏、秋、冬、此の四季を通して身も心も発育、成長している。
 それぞれの季節に応じた食べ物こそが、エネルギー源に成っていく。
 母乳は「ちち」、乳児は「ちのみご」、と言われている様に、その成分は、母親の血液そのものである。
 血液は全身を流れる栄養源である。この「ちち」にも同様、季節がある。
 であれば最低でも一年は母乳を与え続けてやりたい。

 

 左右の母乳の味が違う。
 左の方がまろやかである。これについては自然の摂理、肉体に組み込まれたDNAの原理が働いているようで、最初に左、次に右、最後に左の順に飲ませるのが、理にかなっているみたいだ。

 母乳の代わりになる物には玄米スープがある。「玄米スープ」で検索してください。ちなみに、当院では、聖士会館の玄米スープを食箋として指導しています。